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兎鳥庵 日記

インコ2羽と ウサギ5羽にヒト1人の日常です。 - ときどき実験ウサギさん里親募集 -

大雪と京都といろいろ

少しご無沙汰してしまいました。
先週、長らく京都の病院に入院しておりました祖母が亡くなり、バタバタしておりました。


3日(月曜)の夜に、祖母を退院させることにしたとの連絡を受けました。
もうそろそろ限界なので、意識があるうちに自宅に引き取って最期を看取りたいと。

嚥下障害があって点滴のみで生きている状態でしたので、 「帰宅 = 死」 ということになり、おばあちゃん子だった京都の従兄弟は反対したそうです。
しかし、本人がずっと 「帰りたい、帰りたい」 と言っていたのと、処置の際の苦しそうな様子がもう見ていられない状態になってきたので、決断したと。

本人には悟られないように、 「白寿のお祝いに」 と言って、祖母の誕生日の2月5日に退院することにしたそうです。


こちらへの連絡は、お葬式に来られるようにとのことだったのですが、そりゃ、生きている間に会いに行かなきゃ!
ってことで、退院翌日の6日に京都へ行ってきました。
本当なら、そのままお葬式が終わるまで京都に滞在したいところでしたが、何分、手のかかる子供たちが18人もいる身なので、やむを得ず日帰り。
結局、8日の土曜日がお葬式となり、大雪の中、また、日帰り京都。
すっかり、曜日の感覚がなくなっております。。。




6日は始発の新幹線で京都へ。
夜行バスで到着したばかりの姉と偶然、京都駅で落ち合い、地下鉄に乗り換えて祖母宅へ向かいました。

ご挨拶もそこそこに祖母の枕元に行けば、初めは分からないような感じでしたが、ボードに 「来たよ~」 とニャンコのイラスト入りで書いてみせると(もう、殆ど耳も聞こえない)、ぱっと表情が戻ってきました。
祖母は大変なネコ好きで、京都の家にはニャンコが絶えたことがありません。



あいちゃん

只今、現役絶好調のあいちゃん。

ネコたちも大好きなおばあちゃんに会えて、さぞ嬉しかったことでしょう。
家族以外には愛想のない子たちですから、入れ代わり立ち代わり知らない人が出入りするのには閉口したでしょうが。。。


いつもお世話をしていた叔母とひと足先に富山から出てきて手伝いをしていた母と皆で、祖母を囲んで思い出話に花を咲かせました。
叔母は 「もう、聞こえてへん」 と言うけれど、きっと、そういう話はちゃんと聞こえていたんじゃないかしら。
それは嬉しそうな顔をしていましたから。

少し休ませてあげた方がいいからと、その後、隣の部屋に移動したのですが、しばらくしたら、向こうで手をバタバタさせているのが見えて。
あー、おばあちゃんが呼んでる!
と、そばについておりましたら、安心したようにしていました。



そのうち、往診のお医者様がみえたのですが、さっきまでとは打って変わって無表情になっていた祖母でした。
往診専門の先生で、病院でいつも診てくださっていた先生とは別の方とのことで、納得しましたが。

それにしても、病院のサポート体制は素晴らしいもので、看護師さんのチームと、緊急時の先生、往診の先生と入れ代わり立ち代わりやって来てはお世話してくださいました。
寝たきりになってしまうと家に帰るという選択が非常に厳しくなってしまうので、なかなかこうしたケースはないのだけれど、こんなふうに家族に囲まれて最期を迎えられるのは素晴らしいと看護師さんたちはおっしゃっていました。
病院の先生も家族の申し出に、 「それなら・・・」 と、喜んで送り出してくださったそうです。

家族の誰にも看取られず、病院で亡くなる方の多い中、祖母は幸運でした。
毎日お見舞いに行っていても、いられるのは1時間くらいだし、大半の時間を寂しく過ごしていると思うと辛いと叔母は言っていました。
いつも傍にいてお世話してくださる方が、心の痛みも他の誰より感じていたことでしょう。


「この後、どうなりますか?」
との叔母の質問に、

「だんだん呼吸が苦しくなって、最後にはこんなふうな努力呼吸になって・・・」
と実演入りで看護師さんが説明してくださいましたが、

「でも、まだまだこの感じだと、今日は大丈夫でしょう。」
ということでした。


いつもたんが引っかかって苦しそうだったので心配したけど、退院してからは一切、それがなくて良かったとも。



その後も祖母の傍についていたのですが、言葉を発することができないので、目と目での会話になります。
おかしな話ですが、今まで自分が送り出していった動物たちと同じだな・・・
と、ふと感じたことでした。
何をどうしてあげられる訳でもなく、ただ、じっと傍にいることしかできない。
チェリーのこと、はるやまーたんのことなど思い出していました。

最終の新幹線で帰れればいいからと思っていましたが、いつまでも見つめ続けてくれる祖母の傍から立ち去るのは辛いな・・・
と思っていました。
それが、ようやく眠ってくれたようで、これならそっと帰っても大丈夫かなと思った矢先、すーっと吸った息が一瞬止まるような感じになってきて。

おばあちゃん、呼吸がまじヤバいわ。
なーんて、思いつつも、いや、看護師さんが言っていたあの感じにはまだほど遠いから、とそのまま見守っていたのですが。。。

ふっと止まって、そのまま息を吸わなくなっちゃった。
あわてて皆を呼んだのですが、もう、二度と息をしなかった。

「呼んだらあかん、呼んだらあかん。 そのまま静かに楽に逝かせてあげて・・・」

叔母の言葉に、そのまま皆で祖母を囲んで送り出したのでした。



ちゃーちゃん


祖母の呼吸が止まった時、一緒にいたのが自分一人だけだったのが何とも申し訳なかったのですが、自分が今までに看取ってきた子らのことを思い出していたように、祖母もまた、一緒に暮らしたネコたちのことを思っていたのかもしれません。

「今さ、きっと虹の橋のたもとにニャンコがいっぱいお迎えに来ててさ、おばあちゃんにもそれが見えているんだよ」
と言ったとき、そうだ、そうだというように祖母がうなずいているようにも見えました。

息を引き取る少し前、 「向こうでヤッピーさんに会ったら、よろしく!」 と、こっそり耳打ちをしたのですが、なんか、分かってくれたみたいでした。

ちっとも会いにも行かない孫でしたが、最後はヤッピーさんとの合言葉、
「いつも一緒。ずっと一緒。」
となんとなく、つぶやいていました。
やっぱり、これは魔法の言葉です。



祖母の傍らについていて、もう一つ思ったことは、今まで自分がしてきた仕事は、果たして、おばあちゃんの役に立ったのかと?
薬の安全性試験の仕事などをしていますが、我々自身は自らの仕事の成果を目にすることは少ないです。
しかし、こういう時に、普段、どれほど自分が真摯に仕事をしているのかが問われるのだ、と思いました。

人間に先だって薬を飲み、命をもってそれが安全なのか、あるいは、どこに危険があるのかを教えてくれる動物たち。
彼らの命もまた、無駄にしてはならないと改めて思ったことでした。

人間と動物たちの間には明確な区別があるけれど、それでも、すべての命はつながっているのだと。




祖母が亡くなったのは、白寿(99歳)のお誕生日の翌日、そして、祖父が亡くなってちょうど30年目の日のことでした。

本当におじいちゃん、お迎えに来たんだね~。
と、それなりに、皆が納得のできる最期でした。



あいちゃん邸

あいちゃんの隠れ家から正面に祖母のベッドが見えるようになっていましたので、あいちゃんもしっかり見届けてくれたことでしょう。

おばあちゃんの動物好きの血は、ちゅんちきがしっかりと受け継ぎましたから、安心してくださいね。


今いるネコたちを引き取るにあたって、祖母は自分が最後まで面倒を見てやれないと迷っていたそうです。
結局は、叔母が猫がいないと自分が寂しいと言って決めたそうですが。
お腹の大きな野良ちゃんが、子供たちを頼むと前もって見せに来てくれていた子たちだそうです。

でも、叔母が言うには、
「この子らを助けなかったら、どれだけの命が生き延びていたかと思うことがあるわ。
ウチの庭、鳥の処刑場みたいになってんねん。」


「ひぇ~!」
みたいな。
(いえ、それはきれいな美しい庭なのです)

狩りをしてこその猫ですから、猫らしくてよろしい。
だから、自分はどれだけネコが好きでも飼えないんですけど。

でもね、命ってそんなものだと思います。
全ての命が救われるなんてことはない。
一つを助ければ、他の誰かを諦めなきゃいけない。
失われた命は別の命を生かしていくのだから、我々はそれを受け入れていくしかない。
そこで拾い上げられる命があるとすれば、それこそがご縁なのだと。

そんな話を笑いながらできるのも、祖母譲り。





そして、お葬式の日。

関東では20年ぶりの大雪とテレビでは騒いでいて、新幹線も遅れに遅れてハラハラしましたが、何とか無事にたどり着きました。

名古屋駅

乗り換えの名古屋駅。
外出は控えるようにとの報道もあってか、それほどの混雑ではないけれど、じゃあ、次、どれに乗ったらいいの? 状態。

関西方面では、名古屋周辺だけが何故か大雪に見舞われていました。


お葬式は親族だけでこぢんまりと。

変わり者も多くて、ときどきドンパチやっていたりもしますが、この日ばかりは各地から集まって久々に皆が顔を合わせました。


京都

焼き場の方も大繁盛で、この日は80体ですって (@@)

最後は、
「おばあちゃん、バイバイ!」
と言って、お別れしてきました。

待ち時間も、顔も覚えていないような伯父夫妻とお話をしたり、従兄弟たちと近況を報告しあったり、ひ孫に当たる子らの元気な姿を見たりと、楽しいひと時でした。
おばあちゃんがこの様子を見たら、誰よりも喜ぶのにねぇと。




帰りは、新横浜が大変なことになっているらしいといううわさを聞いたものの、西の方は順調に流れていて。
自分の降りる駅までは時間通り運行しているというので安心しておりましたら・・・

新幹線おりた瞬間、ずるっと行きました

ホーム、しっかり雪積もってるし。
ずっと車窓から外を見ていたけど、さっきまで雪のゆの字もなかったのに???

すれ違いで、ゴム長フル装備の保線部隊のおじさま方が出動して行くところでした。

駅の出口では、皆さん、呆然と立ち尽くしていらっしゃいました。
これじゃあ、タクシーも来ないかも!?

あたしゃ歩きだからいいけどねって歩き出したはいいものの、歩道は雪かきなんてしてないから難儀しました。
途中、パルパルとチェーンの音をさせてJAFの車が軽快に走っていましたが、さぞ大変な1日だったことでしょう。
板金屋さんも大儲け!?


昨日も、もう大丈夫だろうって思って会社に行ったら、大丈夫じゃなかった(爆)
結構、山の上なんですが、途中から除雪してなくて。。。

おお、何もしないのにドリフト~♪♪♪

なんて感動しながら出社しました。
四駆で良かったけど、タイヤはノーマルです。

で、車は転ばなかったけど、人間はすってんころりん。
駐車場から下る坂で、やべぇ、転びそうって思った瞬間、尻もちついてました。
やっぱ、雪道は人も車も足元は大事です。



ああ、そういえば、祖父が亡くなった30年前もお葬式の日は大雪で、北陸線の車中に一晩閉じ込められましたっけ。。。
やっぱり、この時期は人も動物も体調を崩しやすい時なのでしょう。
皆さまもどうぞご自愛ください。


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