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兎鳥庵 日記

インコ2羽と ウサギ5羽にヒト1人の日常です。 - ときどき実験ウサギさん里親募集 -

さようなら ジャージーライオンズ

本日、はるが旅立ちました。

最後のジャージーライオンがいなくなって、我が家は完全にモノトーンなヒトたちだけになりました。


一昨日の晩から足取りがおぼつかなくなり、昨夜はいよいよ足が立たなくなり、覚悟を決めたのですが、今朝は再び生きようかという気力も見えて、何とか今日1日頑張ってほしいと思ったのですが・・・。
18時45分頃、急いで帰宅した時には息を引き取っていました。
死後硬直は始まっていましたが、体はまだほんのりあたたかくて。

もう1日早いか遅いかしてくれれば、最期のときまで一緒にいてやれたのに。
今日は抜けられない仕事があって、後ろ髪ひかれる思いで出勤したのでした。

朝方、いよいよダメかと思って体をさすってやっていたのだけど、その時はとても満ち足りた顔をしていました。
強制給餌ももう無理だろうと思ったのに、起こせ、起こせと訴えて。
体を起こしてやると、一生懸命足を踏ん張って、ゴハンを食べると言うので、いそいそと強制給餌の支度をしてシリンジで食べさせると、しっかり完食してくれました。

野菜も食べるかと盛り合わせを出したら、新メニューのあしながブロッコリーが気に入って一生懸命食べていました。
追加で出したスープ状のクリティカルケアもペロペロ舐めていたので、これならあと1日頑張れるんじゃないかという気がしたのですが。

はるにはできる限りのことをしてやったと思う反面、看取ってやれなかったのが心残りとなりました。


病院に電話して、亡くなったことの報告と可能であれば病理検査をとお願いしました。
時間も遅いので、明日の朝連れて行くことになるのかなと思ったのですが、できれば早い方がいいのですぐに来るようにと言ってくださいました。

おり悪く、箱根が雪でノーマルタイヤでは無理なので東名を迂回したのですが、御殿場もすごい雪。
路肩にどんどん積もり始めていたので帰りはどうなることかと思ったのですが、ほどなくやんでくれたようです。

病院に着いたのは21時だったのですが、きち先生と勤務医さんお2人が準備をして待っていてくださいました。
例によって、さわりだけ立ち会わせていただいたのですが、、肉眼的には特にこれがというものはなく。

胸腺:大
心臓:やや大
肝臓:全体に白色斑
胸水、腹水あり

肺はきれい広がる
気管:誤嚥等による異物はなし うっ血のような箇所あり
腸管、脾臓、腎臓:きれい



「驚いたことに臭くないんです」
初めに先生がそうおっしゃったのですが、確かにあのさきイカのような臭いは全くと言っていいほどなくなっていました。
そういえば、また3日目くらいに喉の奥をぬぐってみようと思っていたのですが、急に状態が悪化してきてしまい、可哀想でできないままでした。

そして、
「不思議なことに、あんなにパンパンだった胃がぺっちゃんこなんです」 と。

昨夜からは野菜と流動食しか喉を通らなかったから、それででしょうか。
最後は食べられなくて力尽きたのでしょうか。

組織検査をすれば、いろいろと分かってくると思うとのことでした。
心臓も今回は切開せずにそのまま組織検査に回してみるとのことです。
(まいのとき、切開してみたけど弁の異常などが結局は分からなかったので)
先生の予想では、右心系の異常があるのではということです。


ちょうど10歳6ヵ月。
ライオンズはきっと長寿の家系だから、まだまだ生きてくれると思っていたのに。

でも、暮れに酸素室のレンタルを申し込んだときには1週間も使わずに終わるんじゃないかと思ったものでしたが、あれから1ヵ月も頑張ってくれました。
とても辛かったはずなのに、最後までニコニコと明るい子でした。

ライオンズがいなくなって、我が家のウサギ界も一つの時代が終わったのかもしれません。
これからはダッチ軍団が盛り返すのか、それとも、白色軍団がのさばるのか。
あの、ぼよ~んとした味わいのライオンズがいなくなって何とも寂しいですが、若い子は次々やって来るし、感傷に浸っている暇はないというのは、ある意味救いなのかもしれません。

はる、そしてライオンズには本当にいろいろなことを教えられました。
里子として迎え入れた当初はダッチ軍団から激しい攻撃を受けましたが、一足遅れでやって来たハクたんを仲間に引き入れて、しっかりと自分たちの居場所を築き上げていきました。
全然そうは見えなかったけれど、したたかで賢い子らでした。

ウチに来て幸せだったのかな?
と思うけれど、幸せは彼ら自身の手でつかんだのでしょう。
まみ~は当初の約束通り、彼らが生きていくための場所を提供することしかできなかったけれど、いつの間にかゆるぎないライオンズワールドが出来上がっていましたものね。

はる、ありがとう。
一緒に暮らした4年8ヵ月は、とても楽しくて驚きの連続でした。

今頃、向こうで両親や別れた兄弟たちと再会して、いろいろ語り合っているでしょうか。



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